嫌なものは見ない、自分が気持ちよくなるものだけでいい

※今回はあくまで「私はこう考えます」という個人的なスタンスの話、ということで読んでください

わたしは昔から、誰かが世の中を責めたり、社会を責めたり、なにか罪を犯したり失敗した人を責めたり……そういうのを見ていると、なぜかものすごく気分が悪くなってしまうんですよ。

だから、ワイドショーやニュースなんか見るの苦手だし、ネットの掲示板とかTwitterも苦手です。「TVタックル」とか、ヤフーニュースのコメントなんかまともに見ていられないですねえ。

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嫌なものは見ない

否定や批判に触れてエネルギーを奪われているのか、自分が敏感すぎるだけなのか?何なのか、理由はよくわからないんです。

でも、最近は社会問題などに関して「ホ・オポノポノ的な考え方」つまり「世界で何が起きても、その理由は自分の記憶にあり、それをクリーニングすることができる」という気持ちを持つようになったので、前よりは少しラクになりました。

そこで私が最近導き出した結論は

・何が起きても、何を見ても、自分の気持ちが動いたらクリーニングする
・嫌なもの、否定的なもの、気分の良くないものはわざわざ見る必要がない

ということですね。

それでニュースなどにもぜんぜん目を通さないので、すっかり社会に疎くなってしまったのだけど、特に困ったこともないですし。

私の知り合いには、ともかく暴力的なものが苦手で「ドラゴンボール」とか「ワンピース」でも見てられないという人がいます。

この人も、自分がおかしいんじゃないか?とずいぶん考えたようですが、嫌なものは見なければいいんですよね。(ちなみにこの人は議論番組やネットでの議論なんかは大好きだそうです…wそしてわたしはバトル漫画好き。)

ニュースって常識だけど

そもそもニュースなんて知る必要のないことばかり……という気もします。

政治のことはまったくわからないし、不倫のニュースなんかも自分の恋人が取られたとかで無いわけだから責める気にならないし、遠くで起きている事故・事件・災害よりも自分の生活に起きることだけをしっかり考えたい……というのが私のスタンスです。

こう言うと「いい大人が政治のことがわからないなんてそれでいいのか?」とか「社会的に悪いことは悪い」とかヘンな声が聞こえてくるんですよ、自分の中から。

でも、これは常識に縛られているってやつで。常識が自分を幸せにしてくれるわけじゃないですから。自分が気持ちよくなるような常識だけは残して、あとは常識以上の考え方をしましょう。

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